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作務衣side

家の中では作務衣で過ごしてる男のブログです。

映画「食べて、祈って、恋をして」から学んだ事

考察

「人生とは自分を捜す旅である」

食べて、祈って、恋をして (字幕版)

食べて、祈って、恋をして (字幕版)

  • ライアン・マーフィー
  • ドラマ
  • ¥1000

この映画をみて、まず思ったことです。

この映画の中で色々な人と関わります。
皆それぞれの事情があり、生きています。
感想によるネタバレが少しあります。

イタリア編

生きる事は「食べること」です。
イタリアでそのことが描写されていると感じました。
そしてそれは「隣人」がいることで、
より大きな楽しみになります。

イタリア語はジェスチャーである。
生きることの「感情」を「表」に現すこと。
喜怒哀楽を自分の「表」に出す事で、
人生を楽しむ「行動」に変えている
そう感じました。

インド編

「祈る」こと、
それは「自分の内面と向き合う」こと。
自分の許し難いものを「許す」
簡単なようで、どれだけ自分に甘い人でも、
自分自身で「許せない」ところがある、ということ。

「他人の為に祈る」それは「自分に還る」
そうなることを願って行うのではなく、
その人を心から想うからこそ、
自分に還る。

バリ編

「恋をする」ことは「自分を見失う」
人は人との関わりの中で生きているが、
そこで「恋をする」ことは、
関わりの「調和」を崩す。

それすらも「調和の一部」と師は言うが、
その辺だけは私は理解・納得できなかった。

「やるせない表情」が時折、映ります。
特にこのバリ編ではそれが顕著だった様に感じます。
そのやるせない表情が現したものが、
内容と微妙に食い違ってる気がしました。
ここは私の感覚が少しズレているのかもしれません。
ただそう感じました。

人生は自分を捜す旅

この映画を見ようと思ったのは、この記事を読んだからです。
goldenmilk.hatenablog.com

うみさんの感想とはかなりかけ離れた感じになりましたが、
非常に得る物が大きな映画でした。
うみさん、教えて頂いてありがとうございました。

自分が変わりたい、と思っても、
友人は「そのまま」でいることを求めます。
「変わる」ことが不安だからです。
しかし、逆に「変わらない」ことは「ありえない」

「自らが起こす変化」の「行動」を、
外(実際の旅でること)に求めるか、
内(瞑想による内面)に求めるか、
人によって様々です。

この映画でも「瞑想」の描写と、
その意味がインド編を中心に語られましたが、
主人公がその内面の変化を語る事がなかったのは、
描写が不足してると思いました。

主人公の様に全てを捨てて旅に出るのは、
難しく現実的で無いと感じるかもしれません。
しかしそれも「行動」した人からすれば、
「現実的」なことだったのだと、
この映画から感じます。

見る前はどちらかというと「娯楽」映画だと思ってました。
見た後は「人生・生きる事」に対する深い洞察がある、と感じます。
海外映画らしく途中、「なんだかなー」と感じましたが、
一気に見る事で「気付き」がありました。
この映画の「気付き」をあなたにも。



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